「ぅ…ん…?」

 少年がゆっくりと目を開けると、そこには見覚えのない天井が見えて、体は布団に包まれていて暖かくて、すごく不思議に思った。けれど、一番に不思議だったのは別のことだった。

「ここ…どこだろう」

 自分は確か、外で疲れて適当な軒下で寝ていたはずなのに。

 あれ?と首を傾げていると、不意に部屋のドアが開き飄々とした声が聞こえてきた。

「あ〜。目、覚めた?」
「!!」

 驚きそちらに目を向けると、ニコニコと笑顔を向ける男が洗面器を持って立っていた。

「…だれ?」
「僕? 僕はロイド・アスプルンド」
「…ろいど?」

 見慣れぬ男に少年は露骨に警戒の色を示した。シーツの裾を皺が出来るほど握りしめ、頭の上の耳は思い切り立っている。
 だが男―――ロイドは、そんなものは意に介さないといった体で、笑みを絶やさずに近づいてきた。
 洗面器をサイドテーブルに乗せると、ス、と手を少年へと近付ける。

「!!」

 反射的にギュッと両目をつぶった少年だったが、次いで額に感じる温かい感触に恐る恐る目を開けると、そこには自分の額に触れるロイドの手があった。

「ん〜、熱は下がったかな、うん」
「ねつ?」
「あれ、覚えてないの? キミ、この寒い時期に外で薄着でびしょ濡れになってて、ここ何日か寝込んでたんだけど」
「……そうなの?」

 全く覚えていない。

 でも自分は死ぬかもしれない、と思ったのはぼんやりと覚えている。不思議だ。

「あ、そだ。ちょっと待っててねぇ」
「?」

 何を、と訊く間もなくロイドは部屋から出ていく。
 だが数分かして再び戻ってきた。その手には2つのマグカップが握られている。

「はい、ホットミルク。起きれる?」
「ん…」

 ロイドに言われ、少年はゆっくりと起き上がった。
 やや倦怠感は残っているが、起きられないというわけではない。
 そしてそこで、自分の服装に気付いた。
 大人用のワイシャツ一枚。随分とブカブカだ。

「…大きい」
「あ、僕のなんだけど、嫌だった?」
「そんなんじゃない」

 少年の返事にああよかったぁ、と言いながら差し出されたマグカップをとりあえず受け取った。
 だがそれをボーッと眺めるだけで口をつけようとはしない。まさか毒が入ってるとは思っていないだろうから、おそらく猫舌なんだろうなぁ。

 つらつらとそんなことを考えながら、ロイドは近くにある椅子をベットの傍らへと引っ張り座った。
 言葉を発する前にマグカップに口をつける。因みに中身はコーヒーだ。

「さぁてと、じゃあちょっと質問したいんだけど」

 その言葉を聞いた途端、ピクリと少年の肩が震えたのが分かった。俯かせた顔は上げようとしない。
 だが構わずロイドは訊いた。

「キミ、何であそこにいたの?」
「………」
「家はどこなの?」
「………」
「……キミの名前は?」
「……ルルーシュ」

 ルルーシュ、か…。

 ロイドは心中その言葉を反芻した。


 それからいくつか質問したが、結局答えたのは先程の自身の名前のみ。それ以外の自分の身の上は一切話そうとしなかった。

(もしかして、この子、家出少年とか?)

 いや、この子のこれまでの経緯を考えればそれは確実だろう。身内だって心配しているかもしれない。

 そうは思ったがまぁいいか、と自らの思惟を一蹴した。目先の興味のあることに関してしか頭を動かそうとは思わないマイペース人間だ。
 それに、家出しているならそれはそれで好都合。

「ねぇ、じゃあキミさ」
「…っ! けっ、警察に、連れてくのか!?」

 叫ぶルルーシュの目には不安と恐怖の色がありありと見て取れた。
 ロイドは目を細め微笑むと、じっとルルーシュを見つめた。

「どうしよっかなぁ? ま、キミが僕の条件を飲んでくれたら、連れていったりしないよぉ」
「じ、条件…?」
「そう」

 ロイドはポン、とルルーシュの頭に手を乗せると、いっそ清々しく言い放った。



「キミ、今日からここで暮らさない?」

「……はぁ?」



 ルルーシュが素っ頓狂な声を上げた。

 それが、二人の同居生活の始まりだった。


 二人のマグカップの中身は、すっかり冷めてしまっていた。