「いーやーだー!」
「嫌だじゃないでしょ!」
「いやなものはいやー!!」





お風呂は戦場





「ほら、はやく放して」
「や」

 壁の端にしがみついて断固離れようとしないルルーシュに、ロイドは大きなため息をついた。

 結局同居に同意したルルーシュ。彼にしても(理由は知らないが)帰る場所がない今、寧ろロイドの提案は願ったり叶ったりなのだ。
 と、そこでロイドは風呂に入らないかと提案した。
 何せ風邪でずっと寝込んでいたのだ。汗だって掻いて気持ち悪いだろう。
 だがルルーシュはその問いに

「いやだ!」

 と叫び、そして先程の状況になったわけだ。

「絶対に入らないからな!」
「駄目! 我侭言わないの、ルルちゃん!」
「は!? ルルちゃん…? ほわぁ!!」

 一瞬の油断の隙に、ロイドはルルーシュを抱き上げた。

「はい捕獲完了〜」
「待て、ちょっと待て!」
「はい?」
「何だよ今の『ルルちゃん』って!」
「そのまんまだよ〜。ルルちゃん可愛いし♪」
「可愛い言うなぁ! 俺は男だっ!」

 途端にじたばたとロイドの腕の中で暴れ出すルルーシュ。
 もしかして…、とロイドは思った。

「ルルちゃん、実は結構同じこと言われてたり?」
「う…」

 ルルーシュは黙り込んだ。つまりは肯定だ。
 確かに女の子発言されては本人としては面白くないだろうが。

「…でも可愛いのは本当だしね〜」
「だぁ〜かぁ〜らぁっ!」

 喚くルルーシュを尻目に、ロイドはズンズンと脱衣所に向かった。





    †  †  †





「…ルルちゃん」

 ロイドは目の前の光景に再びため息をついた。
 その元凶である仔猫はフー、と威嚇してロイドを睨め付ける。

 何とか彼を宥めお風呂に入れることに成功したロイド。
 さてじゃあ早速頭を洗いましょう、と言うや否や再び拒否されてしまった。

「ねぇルルちゃぁん…」
「絶対ダメ! 頭洗うのはダメ!」
「何で?」
「下手な人がやると猫耳に泡が入るから!」

 なぁるほど。じゃなくて。

「だぁいじょうぶだから」
「どっから来るのその自信」
「どっからでしょ。いいからおいで」
「や」

 何とか洗おうと試みるが、ルルーシュは頭を両腕で抱え頑として触れさせようとはしない。軽くトラウマなのかもしれない。
 どうしたものか、とロイドはしばらく思案し、そうだと手を叩いた。

「はい、ルルちゃん」
「……何これ」

 手渡されたのは風呂の隅に置いてあったアヒルさん。その開いた口には穴が開いていた。

「これね、お風呂に浮かべるだけじゃなくて、口の中にお湯を入れれば水鉄砲にもなるんだよぉ。興味あるでしょ?」
「べ、別に…」

 言いながらもちゃっかりアヒルさんを受け取るルルーシュ。その尻尾はせわしなく動いている。興味を示している証だ。

「………」

 しばらくじっとそれを見ていたルルーシュは、徐にそれを浴槽に突っ込み胴体を押した。ブクブクと音を立てながらアヒルの口から泡が出てくる。
 やがてアヒルの中がお湯でいっぱいになると今度は外に出して胴体を押す。すると中に勢いよく貯まったお湯が飛び出してきた。

「……わぁ」

 小さく感嘆したような声を上げたルルーシュは今きっと目が輝いていることだろう。もしかしたらこういったおもちゃとあまり面識がないのかもしれない。
 すっかりアヒルのおもちゃに夢中になっているルルーシュを微笑えましく思いながらも、ロイドはルルーシュの後ろに回り込んだ。





「はい、終わり!」
「え…?」

 ロイドの声に今までアヒルに夢中だったルルーシュは我に返り慌てて髪に触れた。

「あれ? 洗ったの?」
「そぉだよぉ。はい、次は体」
「………」

 大人しくロイドの言われるがままにされながらもどこか怪訝そうに首を傾げている。

 やがてお互い洗い終え、お湯が張られた浴槽に入る。するとルルーシュが口を開いた。

「ねぇ」
「なぁにルルちゃん」
「ルルちゃん言うな。……何であんなに洗うのうまいの?」

 否定しながらもきちんと用件は聞く。律義なことだ。

「そういうキミこそかなり抵抗してたけど、過去に非道いことでもあったわけ?」

 その言葉を聞いたルルーシュはみるみるうちに、それはそれは嫌そうに顔が歪んだ。
 目の前でぷかぷかと浮かぶアヒルを尻尾でつっつきながら答える。

「まぁね。本当に散々な目にあったよ。俺の姿ってこんなだから新しく来た侍女なんて最初はジロジロと見てくるし、洗い方は下手だし、やっぱり一番うまいのは兄上…」
「侍女? 兄上?」

 聞きなれぬ単語を反芻するロイドに漸く己の失言に気が付いたのであろう。あ、と呟き腕をせわしなく動かした。

「な、なんでもないなんでもない。今の忘れて!」
「………」

 そうは言われてもそんなすっきり忘れられるわけがない。
 今の言葉は明らかに普通の家庭で住んでいる人間なら出てこない単語だ。ということはルルーシュはかなりいい家の育ちというわけで。

(…まぁ、どうでもいいけど)

 全く関心のないロイドはその言葉で自らの思惟を一蹴した。大切なのは『今』だ。

「……何?」

 じっと見つめてくるロイドに眉根をよせて訊くルルーシュ。
 その姿は相変わらず、

「可愛いー!」
「うわぁ!」

 急に飛び付いてきた男に、ルルーシュはすかさず自らの尻尾で顔面を叩いた。

 バチン!

「あいたっ」
「急接近してくるなよバカ」
「…何気に凶器なのね、その尻尾」

 侮れない、と自棄に真剣な顔で呟くロイドに何言ってるんだ、とルルーシュが冷めた目で一瞥くれた。

「そういえばルルちゃん、今日の夕食何が食べたい?」
「エビフライ!!」

 嬉々とした歳相応の顔で即答するルルーシュに、ロイドは思わず笑みを浮かべた。



 二人の生活は、まだ始まったばかり。