土曜日、午後3時。
 仕事場から帰ってきたロイドは、のろのろとポケットから鍵を取り出した。
 ロイドの仕事場は軍。所属は特派といわれる、簡単にいえばナイトメアフレーム開発が主な場所だ。
 本来なら今日、土曜日は休みだったのだが、ランスロットの不調云々で無理矢理働かされた。
 いや、別に研究自体が嫌いなわけではない。現に以前は研究室に入り浸り、そこで朝を迎えるというのは日常茶飯事だった。

 だがルルーシュが来てから、ロイドは平日はきっかり定時刻になると仕事を放り出して帰る。どんなに中途半端でも迷わず帰る。そして休日に「暇だから」といって特派に行くこともなくなった。
 周りの仕事仲間はロイドの事情を知らない為(言えるわけもないが)一体彼はどうしてしまったのかと気が気ではない。ひそかに病院へ連れていこうかと思案される程。
 それほどまでに、ここ最近の彼の変化は驚くべきことだったのだ。



(一応周りには他に興味があるのが見つかったっていったんだけど、そしたら余計不審がられちゃったんだよねぇ〜)

 確かに機械オタクでそれ以外はアウトオブ眼中だったロイドを今まで見てきた彼らにその発言は、天と地がひっくり返るくらい有り得ないことかもしれない。

(ま、別にいいけどさ)

 ガチャ、という錠の音と共にドアを開ける。

「ただいまー」

 言いながらロイドは靴を脱いだ。

 余談だが、家に帰って「ただいま」と挨拶をする習慣はルルーシュに強要されたものだ。同居生活2日目にして「家に帰ってきたなら挨拶くらいしろ!」と叱咤されてしまい、今に至る。
 最初は渋々だったロイドだが、ルルーシュはロイドが挨拶すると必ず「おかえり」といって出迎えてくれる。それが思ったより嬉しくて、いつからか無意識に言うようになっていた。

 だが、

「あれ?」

 ルルーシュの返事がない。
 いつもならちゃんと来てくれるのだが。

(…だとしたら)

 しばらく思惟したロイドは、自らの自室へと足を向けた。





の瞳





「…いた」

 やっぱり。

 ロイドの視線の先は、自身の部屋の本棚。

 の、目の前。

 そこには、壁を背もたれにしてロイドの本を読み耽る、ルルーシュの姿があった。



 ここ最近、ロイドがルルーシュについて知ったこと。

 幼いながらに礼儀がきちんとしていること、意外と炊事洗濯が出来ること、

 驚くほど、聡明なこと。

 ロイドの自室にある本はどれもこれも大の大人が頭を抱えても理解できないものばかりなのに、ルルーシュはスラスラと読んでしまう。
 そんなルルーシュを一度はひそかに研究所へ連れていこうかと思ったほどだ。もっとも、

(それじゃ彼を独り占め出来なくなるからやめたけど)

 ロイドは心中ひとりごちながらそろそろと近付いた。本に夢中になっているルルーシュは全く気付かない。

(…いつも思うけど、綺麗な瞳だよなぁ)

 宝石のように輝くアメジスト。
 高貴と謳われ、誰もが持つことを躊躇わせるようなそれを、まるで当然かの如く持つルルーシュ。実際、彼の振る舞いといい、醸し出す雰囲気といい、その色が彼に相応しいのは火を見るよりも明らかだ。

「ル〜ルちゃ〜ん!」
「ほわぁっ!」

 本に夢中のルルーシュに抱き着けば、彼にとってはいきなり現れたロイドに対し、思わず素っ頓狂な声を上げた。
 ついつい読んでいた本を放り出してしまったが、事の原因に気付き、驚き覚めやらぬ顔でロイドを睨む。

「この…! 驚かすな!」
「だぁってルルちゃん、帰ってきたのにただいまって言ってくれなかったんだもーん」
「ルルちゃん言うな! ……それは、悪かった」

『それ』とはロイドが指摘したことを言うのだろう。本当に律義な少年だ。

「じゃ、改めて。ただいまー」
「…おかえり、ロイド」

 名を呼ばれ上機嫌に微笑むロイド。
 ルルーシュはといえば、ロイドの頭をひと撫ですると、すべきことは済んだとばかりにロイドを脇へ押しやり、先程投げ出した本をズルズルと己へと引き寄せた。

「あーちょっと何するのぉ?」
「悪いが、今いいところなんだ。お前に構っている暇はない」

 言うや否やさっさと本に没頭し始めてしまった。
 ロイドは面白くないとばかりに眉を寄せる。

「ル〜ル〜ちゃ〜ん〜?」
「………」

 無反応。

 いつもなら「ルルちゃん言うな」と間髪なく返してくるのだが、今はそれよりも本。何よりも本。つまり、ロイドよりも本。

「……むー」

 ひっじょーに面白くない。
 それから何度か話し掛けてみたが結果は同じ。

 だから最後の手段を使うことにした。

「……プリン、買ってきたのになぁ(ボソリ)」

 ピク、と。

 ルルーシュの猫耳が揺れた。

「プリン?」
「そ、プリン」

 ロイドはニヤリと笑うと立ち上がり、ルルーシュに背を向けた。

「でも残念。ルルちゃんはどうやら本に夢中みたい。ってわけで僕が全部食べちゃおぉー!!」
「ち、ちょっと待った!」
「待ったな〜い♪」

 ウフフと笑いながらロイドは勢いよく部屋から飛び出した。それに慌てたのはルルーシュだ。

「ま、待ってってば! 俺も食べる!」

 ルルーシュもロイドに遅れ部屋を飛び出す。もちろん本はぶん投げた。

「ロイド!」

 階下へ降りて見えたのは、キッチンへ入る直前のロイドの後ろ姿。

「逃がすか!」

 すかさずルルーシュはロイドに抱き着いた。というより、突っ込んだ。

「わぁっと…!」

 思わぬ攻撃にたたらを踏むロイドだが、とりあえず前に倒れることはなかった。
 後ろを振り返れば、涙目で未だロイドの胴体に抱き着くルルーシュの姿。

「ロイド! もう無視しないから俺も食べる! ねぇ、いいでしょ!?」
「ルルちゃん…」


 ああもう、すごく。


「可愛いー!」
「は…ってわぁ!」

 くるりと体を向けるとロイドはルルーシュを頭上に持ち上げた。
 所謂、高い高いのような状態。

「は!? 何! この状況!?」
「いやー可愛いなぁルルちゃんはぁ」
「ルルちゃん言うな! あと可愛いとかも言うなぁ!」

 ビシリと人差し指をロイドに指しながら叫ぶルルーシュがこれまた可愛いと思うロイドは、もはや末期だろうか。

「…食べようか、プリン」
「……!!」

 ニコリと微笑んで問えば、ルルーシュは虚をつかれたかのような顔をし、次いで満面の笑みで頷いた。

「食べる!!」





 それからリビングでは、最後の一つのプリンを巡る二人の姿があったとか。