「ル〜ル〜ちゃぁん」
「……」
無視。完璧無視。見事なシカト。
毎度の事ながら彼のこの集中力は素晴らしい。というか、もうこれはいっそ清々しい。
何となく開き直っている自分を自覚し、はぁ、とロイドは力無くため息を吐いた。
気まぐれな愛
カチコチ、と部屋では時計の針が動く音が途切れることなく響く。普通なら気にしないその音も、あまりに静かなこの部屋では煩わしい事この上なかった。
この部屋―――ロイドの自室には、ただいま人一名、仔猫一名。
前者は手持ち無沙汰に椅子に座ったまま、だらんと横に伸びた両腕を意味もなく振り、後者はベットの上でただただ本を捲る。視線はそこからちっとも動かない。
「ねぇってばー」
「………」
ダメか、とばかりにロイドは頂垂れた。
先程からずっとこの調子。
ロイドがどれだけ呼んでも、本に夢中になっている目の前の仔猫、ルルーシュは全く反応をみせない。
最早口癖と化した「ルルちゃん言うな」さえも言わないから、余程本に集中しているのだろう。
「ねぇ聞いてるぅ?」
「うるさい」
しつこく会話を試みて、やっと口を開いたと思ったらぴしゃりと一喝。しかもこちらに目を向けず、本を読みながら。更に言えばやけに事務的な口調で。
(何気に悲しいんですけど。あれですか。僕より何より本ですか。そうですか…)
うぅ…、とロイドは机に突っ伏し、一人思う。
(僕って実は…愛されてないとか…?)
否、と言えない自分が、憎らしかった。
「…ん?」
ふとルルーシュは顔を上げた。
何か変だと思ったら、ついさっきまで聞こえていた猫撫で声がいつの間にか途切れていたのだ。
「ロイド?」
本に栞を挟み一先ず本棚にしまうと、そっと机に突っ伏したままのロイドに近づいた。が。
「……寝てる」
どうやらそのまま寝てしまったようだ。不貞寝、というやつか。いや、なんか違うか。まぁとにかく、このままにすべきではないだろう。
(とはいっても…)
ルルーシュはまだ子供。とてもではないが大の大人一人担いでベットに運ぶなど出来るはずもない。
うんうんとルルーシュは一人悩み続けた。
† † †
「…ぅん?」
眩しい光に顔を照らされ意識が浮上したロイドは、顔を上げると同時に思いきり歪めた。
(身体…痛い)
まぁそんな体勢で眠ったロイドが悪いのだが。
あの非道く落ち込んだまま眠ってしまったようだった。
「…あれ?」
上半身を起こしたロイドは、肩に何か重みを感じて手を伸ばす。
そこには、ベットにあるはずの毛布がかけられていた。
はて、と首を傾げる。
これは自分がやったのだろうか。いやしかし、そんなことをするくらいならそのままベットで寝るべきだ。わざわざ寝心地の悪いデスクに戻るメリットは欠片もない。
となると、考えられるのは―――。
ロイドは頬が緩むのを抑えられなかった。彼のことだから、悩み抜いて行ったことなのだろう、と考えながら。
「愛されてるのかなぁ、僕…」
ひとりごちていると、不意に階下からタタタとこちらに近付いてくる可愛らしい足音が聞こえてきた。
「ロイド! 起きてるか?」
「はぁい起きてるよー」
パタパタと手を振るロイドに、ルルーシュはよしと頷いて、手に持つおたまで肩を叩いた(行儀悪い)。
「ほら、もう朝ご飯出来てるから早く顔洗え」
「おたまってことは今日お味噌汁? 和食かぁ」
「ああ。ご近所さんから鯵をもらったんだ。似合うからとかなんとかで」
「………」
ああ、猫だからか。
というか、もしかしてそのままで出掛けてるの?
「ロイド、時間いいのか?」
「え…? あぁっ、マズイ!」
ルルーシュの一言でやっと時間を認識し慌て始めたロイドは、先程の疑問も吹っ飛び部屋を走り回る。
ルルーシュは「上司が遅刻なんて洒落にならないぞ」と言い置き、ひとまず階下へ降りていく。
今日はプリンでもつくろうかなぁ…。
バタバタと騒がしい音をBGMに、ルルーシュはこれから始まる一日のスケジュールを脳内で立てていた。
そう、それはまるで、新婚の妻であるかのように―――。