ただ、幸せで、
ただ、心地良くて、
全てが変われると思った。
そう、それは、
現実を忘れてしまいそうなくらいに―――。
世界の中心なんだよ
「ほらロイド、準備出来た?」
「はいはーいもういいですよぉ」
「よし! それじゃ出発だ!」
「へ? ちょっと待っ…!」
ロイドの制止も聞かず、彼の腕をむんずと掴むと、ルルーシュは勢いよく外へと飛び出した。
ロイド・アスプルンドはいつも飄々として食えない態度で、掴みどころのない、一言で言えば変人という部類に入る人物だが、それでも職場ではかなりの地位をもつ人物だ。
彼の持つ能力は仲間の誰もが認めている。よって彼らは、9割の信頼と1割の殺意諦観その他諸々の感情を抱いていたりするのだ。
そんなお偉い地位であるロイドは、休みなどというものは滅多にとらない。特に、今まではそんなものは必要ないと思っていた。
だが、今は別だ。
ルルーシュ。彼と生活するようになり1ヶ月が過ぎた。それだけでロイドの世界は色彩が増えた。ルルーシュを通じて様々なものを見るようになった。そして、ずっと彼といたいと思った。
しかし当然、世界は変わらず廻り続ける。日々軍の仕事で忙しいロイドは、ルルーシュに感ける暇もなかった。
だからこそ、やっととれたこの休日を、有意義に過ごそうと二人は決めた。
というわけでさぁ何をしよう、と思案しているとルルーシュが言ったのだ。「ロイドと散歩したい!」と。
ロイドは断る理由もなく、またルルーシュの望みならばと快諾した。
そして、今に至るわけである。
ロイドの腕を掴み、顔に悦楽とした色を浮かべ歩くルルーシュとそれを甘受するロイドは、家の近くの公園に足を踏み入れる。
しばらくすると、徐にルルーシュが口を開いた。
「考えてみれば、ロイドと二人で出掛けるって初めてだな」
「ん〜…そうだっけ?」
「そうだ」
ルルーシュはむぅと頬を膨らませた。
「ロイドってばいっつも仕事仕事仕事って言って…。俺家出しようかと思ってた」
「あのね…現在進行形の仔猫ちゃんが何言ってるの」
ロイドが呆れたように返した。ついつい忘れがちだが、今現在この子は家出をしていて、ロイドはそれを匿っているのだ。
「べ…別にいいじゃんそんなの」
目を泳がせながら返すルルーシュは、視線の先に見付けたものに目を輝かせた。
「ロイド! ほらあそこ!」
「ん?」
ルルーシュが指差す先を見遣れば、かわいらしく装飾されたワゴンが見えた。
「あれは…」
「クレープ屋さん。いつもあそこで売ってるんだ」
嬉々としながらルルーシュは駆けていく。
ワゴンからは店員らしき女性が出てきて、ルルーシュに手を振っていた。
「いらっしゃい、ルルちゃん」
「こんにちは、お姉さん」
親しげな二人の会話に内心目を剥いた。彼らは知り合いなのだろうか。
ルルーシュの元に歩み寄ったロイドは口を開いた。
「ルルちゃん、よくここに来るの?」
ロイドの問いに、振り返ったルルーシュは「うん」と頷いた。
「よく買い物の帰りにこのお店の前を通るんだ。そしたら仲良くなったの」
あとそれから、とルルーシュは次々と『仲良くなった』人達の名をあげていった。どうやら家の近所の人と、ほとんど他愛ない話をするような間柄らしかった。いつの間に。
つらつらと考えていたロイドを尻目に、女性はルルーシュへと前屈みになった。
「それで、今日はクレープを買いに来てくれたの?」
「うん! ここのクレープ美味しいから、ロイドに食べさせてあげようかと思って」
言うと同時にルルーシュはロイドの腕を取る。
微笑ましい光景に女性は双眸を細め、端正な顔に微笑を浮かべた。
「では、当店自慢のクレープはどうでしょうか? 今日は特別に半額に致しますよ」
「美味しいねぇ。あそこのクレープ」
「でしょ」
ルルーシュはまるで自分が褒められたかのように嬉しそうに声を上げた。
つい先程買ったクレープはあっという間に食べ終わり、二人はのんびり公園内のベンチに座って寛いでいた。
そんな中驚いたのがルルーシュの顔の広さだ。休日であり、公園内でも人通りが多い場所であるそこで、ルルーシュは何人かに声をかけられていた。曰く、よく買い物に行く店の常連でよく話すらしい。
ルルーシュはほぼ毎日食料品を得る為買い物に行く。その度に礼儀はいいししっかりしてるし、何より猫耳と尻尾というかなり特徴的なルックスが更に彼を際立たせる。それが殆どの会話のきっかけになるらしい。
加えて小さい男の子が大人の行き交う店にちょこちょこといれば、微笑ましく感じるのが人の性だろう。
とまあ、そんな事象があいまって、彼は街のちょっとした有名人らしいのだ。
「知らなかったなぁそんなこと」
「わざわざ言うことないだろ?」
「そうだけどぉ。せめて猫耳と尻尾隠そうとか思わなかったの?」
「思ったけど……結構苦しいんだ」
遠くを見て顔を顰めるルルーシュはかなり嫌そうだ。恐らく一応は試したのだろう。
嘆息したロイドはすくりと立ち上がった。
「さぁて、じゃあ何か飲み物でも買って来ようかなぁ。ルルちゃん何がいい?」
「レモンティー」
「りょぉかい」
待っててねぇ、と手を振りながら去っていくロイドに微笑んだ。
姿が見えなくなり、ふぅ、と息を吐く。後ろの木々が揺れる音が鼓膜を震わす。
そして、
「ルルーシュ様」
背後から聞こえた声に、ビシリとルルーシュの頬が強張った。
アメジストの瞳は凍り付き、何処かで終わりを告げる鐘が鳴り響く音が、聞こえた気がした。
そう、解っていた。
所詮これは、儚き幻夢なのだと。
† † †
「お待たせルルちゃ〜ん」
両手に缶を持ち、ロイドは戻って来た。
だがルルーシュは顔を上げようとはしない。
「? どうしたの? ルルちゃん」
どこか悄然としているように見える彼に不安を覚え、ロイドは顔を覗き込もうとする。
だがいきなり勢いよく顔を上げられたことによりそれは遮られた。
「なんでもない。ね、やっぱもう帰ろ」
「はい? 別にいいけど、何で?」
「いいから」
訝しむロイドに間髪いれず返すと、レモンティーを受け取り、一人でさっさと歩き出した。
後ろから名を呼ぶ声が聞こえたが、振り返ることは出来なかった。
† † †
「んー……」
夜11時。
特にすることもなく、ロイドはいつもよりかなり早く床についた。
だが眠ることは出来ず、先程からゴロゴロと寝返りを打つばかり。
考えるのはやはり昼間の出来事だった。
「なぁんか変だったよなぁ…」
何処が、とは言いがたいが、何かが変だった。
最初はそんなことなかった。恐らく変わったのは、自分が一度彼の元を離れてから。
「……一人で待ってて寂しくなっちゃったとかぁ?」
まさかねー、と乾いた笑みを浮かべていると、不意にドアをノックする音が部屋に響いた。
「はぁい〜?」
気の抜けた声で返せば、訪問者はドアを開けおずおずと顔を出した。手には枕。
「どしたのルルちゃん。子供はもう寝る時間でしょ」
ロイドの問いにルルーシュは答えず、ベットまで駆けてきたかと思うと、ごそごそとシーツの中に入り込んできた。
「ルルちゃん?」
「うるさい。今日はここで寝る。拒否権はないぞ」
さっさと枕を置き整えるルルーシュに、ロイドは首を傾げる。
いや、拒否はしないけど、寧ろ大歓迎なんだけど。
「どういう風の吹き回しなの?」
「べ、別にその…あ、あれだ! 寒いからしょうがなく来たんだ!」
いやーそんなあからさまに今思い付きました、みたいな言い方されても説得力ないんですけど。
ま、いいか。
「はいはい分かりました」
「信じてないだろ!」
「ん〜信じてるよぉ。他でもないルルちゃんの言葉だからねー」
「………」
目を眇めるルルーシュににこりと微笑んだ。
「じゃあもう寝よ。本当は眠いでしょ?」
「……ん」
いくら聡くて大人びていても根は子供。ロイドが頭を撫でれば、途端にうつらうつらと船を漕ぎはじめた。
尤も、いつもは9時に寝てしまう彼がこんな時間まで起きていたのだから、致し方ないことだろう。
何故起きていたのかは、分からないけれど。
「……お休み」
ロイドの服の裾を掴んだまま寝入った少年に、彼は穏やかな眼差しを向けた。
腕の中にいるあなたを、心から愛しいと思う。