晴天。

 空は青く澄み渡っていた。突き抜けるようなスカイブルーには遙か西方にふわふわな純白の雲がほんの少し浮かぶだけで、自然からの恩恵である太陽は容赦なく地面を照りつけていた。剥き出しのコンクリートはじりじりと焼け付き、初夏の風を熱風へと変える。半袖の裾から覗く腕にむわりとした熱気が纏わりつくこの日は、とてもではないが初夏などという爽やかそうな言葉で言い表せるものではないだろう。悪戯な恩恵は朝だというのに早くも外を歩く人間の体力を奪う。
夏とは名ばかりのまだ春が終わった程度だと認識していた昨日とは全く違う天気は、ただでさえ体力がないルルーシュを地獄へと陥れるには十分すぎるほどであった。
 それでもこの暑い中怠い身体を押して校舎へ向かっているのは、朝食後の妹の電話による後押しといえよう。ブリタニアにいる彼女とは電話でしか連絡手段はないが、その声だけでも随分救われるし、行けるなら学校に行って下さいとあの可愛い声でお願いされれば断れるはずもない。――尤も、その電話が誰による差し金かは考えるまでもないが。

「あのバカ……久しぶりだからって遠慮なくやりやがって……!」

 周囲に人気がないのを確認して、ぼそりと悪態をつく。額の汗を拭った手をそのまま腰に当てて、響く鈍痛に顔を顰めた。朝方起きた時にはきちんと事後処理とシーツの替えは済まされていたが、だからといって今の不機嫌が帳消しになるわけがない。機嫌を直して学校を休ませないようナナリーにそれとなく伝えたのは間違いなく奴だ。そうでなければ、いつもなら兄の迷惑になりたくないと朝に電話をかけてこない彼女の行動の理由が掴めない。恐らく兄が寂しがっているとか調子が悪いとでもいった類を事前に言っていたのだろう。そう言われればナナリーがすぐに心配することなど、長年の付き合いになる奴なら分かりきっているはずだ。人の大切な妹を使うなどと思わないでもないが、奴の世界の中心はサクリファイスであり主でもある自分で、それ以外は全てその他。あぁでも主の大切な物はきちんと覚えておくようにしますよと軽々言ってのける人間だから、致し方ないと言えるだろう。だからといって、許すかどうかは別だけれど。

(無茶振りとナナリーの件、条件はプリン一週間分だな。確か最近できた駅前の店が上手いと評判で……)

「ルルーシュー!」

 ロイドへの制裁を練っていると、後ろから聞き覚えのある声が届いた。ピクリと作り物の耳が反応する。これはロイドにそれなりの研究費を与えて作らせたもので、人の感情の動きや条件反射による血脈の変化や急激な発汗に伴い、まるで本物のように動く。尻尾もまた然りだ。つくづく自分の戦闘機はやる時はやれる人間だと思う。自分が好きなこと、または主に命令されたことにのみ活かされるその才能が自分のものであることは嬉しいし、他に使えないのは少々勿体ないとも感じる。

「ねぇルルーシュ、聞こえていません?」
「……聞こえてるよ。だから離してくれないかな、ユフィ」

 がっしりと背後から抱きしめられているため、仕方なく首だけ後ろへ動かせば、やはり想像した通りの癖のあるチェリーピンクとベイビーブルーの瞳が見えた。髪と同じ色のぴょこんと生えた耳がピクっと震える。

「まあ! ルルーシュは折角の愛情表現を無下になさるんですか?」
「いや、嬉しいけど……暑いんだよ……」

 暑いのもあるが、何よりも腰に回った腕がぎゅうぎゅう締め付けて、鈍痛を伴っていたそこがかなりの悲鳴を上げていたのが一番の理由である。しかしそんなことを言えるわけないのでいつものポーカーフェイスでやり過ごすが、滲み出る脂汗だけは止められない。今日が初夏にも関わらず真夏に似た暑さでよかった、と普段なら憎むくらいの天気を感謝までする羽目になった。

「ユフィ、それくらいにしてあげなよ。ルルーシュは体力がないんだから」
「あらスザク、遅かったじゃない」
「君がルルーシュを見た途端駆け出すからだよ」

 さらりと失礼なことを言いながら――事実ではあるが――のほほんとした空気を漂わせ苦笑するのはユーフェミアの戦闘機であるスザク。癖っ毛の髪に猫耳はない。

 ルルーシュの異母妹であるユーフェミア、そして現日本国首相の息子であるスザクは、ルルーシュの正体を知る数少ない存在である。立場故か昔から共に遊ぶことが多かった三人は、所謂幼馴染というものだった。

「そういえば今日だよね、合同の実戦訓練」

 やんわりとユーフェミアの腕をルルーシュの身体から解きながら問い掛けるスザクに、ほっと息を吐きながら是と返す。次いで「頑張れよ」と言えば、予想していたのかスザクはため息を吐いた。

「ということは、やっぱり今回も出ないんだね、ルルーシュは」
「まあな。免除されてるし」

 戦闘機であるロイドは軍にも身を置いているため、学園に通うことは出来ない。そもそもルルーシュが幼いころから訓練を積んでいる二人は才能や互いの繋がりといった面から見ても学園に通わずとも群を抜くほどの実力者なので、本当はルルーシュが学校に行く必要などないのだ。なのに何故いるのかといえば、年頃の男女と同じようなことをしてほしいという異母兄や戦闘機の配慮である(ただしそこに父の存在があることを、残念ながらルルーシュは知らない)。

「ねえルルーシュ、本当にルルーシュに戦闘機っているの? 私達、まだ会ったことないわよね?」
「……まあ、“戦闘機”には会ったことないな」

 ただの人間としてなら別だが、という言葉は飲み込んだ。軍の関係者という立場で、スザクとユーフェミアは何度かロイドと会っている。自分達の関係を言っていないだけだ。

「つまらないわ。考えてみれば貴方の『名前』も知らないのに。それに……また何か陰口叩かれそうで……」

 そう言った途端しゅんと俯くユーフェミアに、ルルーシュは苦笑して頭を撫でた。

 筆記における試験は優秀だがそれ以外は全く不明であるルルーシュを、不審と不満を抱き悪く思う人間もいる。何かのコネで入学しただとか、本当は弱いから免除という名の逃げをしているだとか、他にも噂に尾鰭を付けた話が広がっているのも事実だ。
 しかしそれはルルーシュを妬む極一部の者がいうだけで、ほとんどの生徒はそんな話を信じてはいない。それがルルーシュの仁徳によるものが最も大きな要因であり、そもそもルルーシュ自身は全く気にしてはいないのだが、この優しい異母妹は違うのだろう。

「言いたい奴には言わせればいいだろう」
「そんな……っ、そんなのあんまりです! 私がパートナーだったら……!」

 そこまで言って、ふっとルルーシュが悲しげな顔をしたのでユーフェミアは慌てて口を閉じた。幼い頃からスザクもユーフェミアも自分がルルーシュのパートナーになると声高に言っていた。その時二人を見ていた顔にそっくりなそれ。恐らく、あの時から既に彼には戦闘機がいたのだ。だからこそ困ったような、それでいて悲しそうな顔をしていたのだろう。そのことに気付いたのは、スザクとユーフェミアがパートナーだと知り、しかしもし互いがルルーシュのパートナーだったら、と言い合いをし始めて何回かした時だ。
 ユーフェミアとスザクからしてみれば、こんなことを言ってもさして傷付くことはない。元々二人はルルーシュのパートナーになりたくて、小さい頃から何かと張り合ってきたのだから。しかしルルーシュは違う。彼は、毎回こうやって悲しそうな顔をするのだ。まるで自分が傷付けられたように。そして言う。


「――やっぱり、ユフィとスザクに、戦いは似合わないな」


 困ったように、苦笑して。

「ルルーシュ……」

 必死に何か言おうとする異母妹の頭を、ルルーシュはぽんぽんと叩いた。

「それより、今日の訓練頑張れよ。良い成績だったら何かご褒美やるから」
「あ、僕アップルパイが食べたい!」
「はいはい、成績が良かったらな」

 そう言って微笑むルルーシュの顔に悲哀は感じられなくて、ユーフェミアはほっと息を吐いて微笑んだ。話を逸らされたのは納得いかないが、だからといって無理矢理聞きだすというルルーシュの嫌がる行為はしたくない。ルルーシュはユーフェミアの笑顔が大好きだと言ってくれたことがある。だからせめて彼が少しでも安らいでくれたらいいと直ぐさま気を取り直し、先程の聞き捨てならないスザクの言葉に反論した。

「ずるいですわスザクだけ! ならルルーシュ、私はフルーツタルトがいいです!」
「え、ちょっと! ユフィの方が豪華そうじゃない? 視覚的にルルーシュの愛が詰まってる気がする」
「いや、なんだよそれ。どっちも変わらないと……」
「気持ちの問題だよルルーシュ!」
「でも先にアップルパイをリクエストしたのはスザクでしょう?」
「そ、そうだけど……!」

 言い負かすユーフェミアとたじろぐスザク。二人を傍で見ていたルルーシュは、くすくすと笑い出した。

「ルルーシュ?」
「どうかしました?」
「い、いやその……あれだ……」

 笑いを堪えながら彼が言った一言は、

「昔から二人とも本当に仲良いなって。付き合わないのが不思議なくらいだ」

 二人の心をぐさりと突き刺すには十分だった。

 くすりと微笑んで「ほら行くぞ」と校舎へ歩く背を見つめながら、スザクがぽつりと呟く。

「ねえ、ユフィ」
「何かしら」
「僕、前から思ってたんだけどさ……」
「……はい」

「この恋の障害はナナリーでもシュナイゼルさんでもなくて、ルルーシュの鈍感なんじゃないかって……」

「……奇遇ですね。私も同じことを思っていました。お父様よりも面倒な壁になりそうです」


 青空の下、二人の深い深いため息が零れて溶けた。










Insensitive cat...?





この後ロイドは一週間パシられます(笑)
おかしい。ちょこっとルルとユフィとスザクのほのぼの話を書いて終わりのつもりだったのに、書けば書くほどお話が頭の中に浮かんできて続きを書きたくなってしまいます……。
ルルーシュは鈍感というか……ロイドがいるからそれ以外は考えられないという感じです。
因みにルルは周りが過保護な為危険な目に遭わないようにとクラブハウス住み(護衛兼メイドの咲世子さん付き)。ユフィは政庁。スザクは実家がちょっと遠いので、戦闘機だしちょうどいいかとかそんなノリで政庁住まい。二人は一緒にクラブハウスに住みたいといったけれど色々な理由で(主にルルの心労)周りに説得されました。


2008.11.3