ある場所で、スザクは足を止めた。
出発した頃は念のためと帽子やサングラス――ルルーシュには壊滅的に似合わないと言われたが――で変装していたが、途中からそれらを取り去りバッグへと入れて歩いていた。そんなものをする必要などなかった。自分の目的地周辺は、全く人の手のついていない山奥だからだ。
その目指していた場所に着いた彼は、ぐるりと辺りを見渡す。山道などあるはずもない道中を木々を掻い潜ってきたのだからさぞかし自分は薄汚れているだろうと思ったが、それを気にする男でもなかった。
周囲が木々で覆われる中ぽっかりと開いた場所。そこから見える海は絶景で、実は誰かがこっそり作った隠れ家なのではと思ってしまうほどだ。
そしてスザクの目の前には、その絶景を背にして作られた、簡素な墓。
「ロロ。いや――“ロロ・ランペルージ”」
“ルルーシュ・ランペルージ”の、たったひとりの大切な弟。
「ルルーシュにね、頼まれたんだ。“ルルーシュ・ランペルージ”の弟だから、って、きっと寂しがってるから、ってさ」
人間の手によって作られたのであろうその墓には、彼の携帯に付いていたロケットが付いていた。ハート型のそれを、やけにロロは大切にしていたのを憶えている。
最初は疑問に思いつつも気にすることはなかったが、ルルーシュと共にいた数ヶ月で話した中にロロについての話ももちろんあって、そこから理由を知った。
ルルーシュから誕生日にともらったというロケット。物心ついた頃から暗殺者として育てられたロロにとって愛とはまさに未知のもので、だからそのロケットは彼にとってさぞかし大切なものだったのだろう。ルルーシュの愛を具現化した、唯一。ロロとルルーシュを繋ぐ、大切なもの。一年という時間は冷徹に育てられた少年を変えるきっかけに、そしてルルーシュの愛は少年が愛を知りそれを教えてくれたルルーシュに異常なほど執着するに十分だった。
執着。――そう、愛ではなく、執着。
「ただ執着していただけなら、ルルーシュの言うことなんて全然聞く気はなかったよ。でもね、」
言葉は途切れた。ごそごそと何かをまさぐる音。
取り出された小瓶には、さらさらとした白い粉が入っていた。
「それでも、君はルルーシュを黒の騎士団から救い出したって聞いてさ」
ロロの墓の土を掘りながら、スザクは語り続ける。
「それがルルーシュに拒絶された直後のことだったって聞いて……だから、お礼を言いに来たんだ」
ありがとう、と。
一度スザクは顔を上げてロロの墓に礼を言うと、自分が作った小さな、それでいて少し深い穴に目を移す。
そこに小瓶の粉をさらさらと落とすと、掘った穴に土を掛け始めた。
「ねぇ、きみ、ちゃんと分かってたのかな。その時きみは、確かにルルーシュを愛していたんだ」
自分を愛するがゆえにルルーシュに執着する身勝手な子供でなく、見返りを認めずただ愛する人の為を想うだけに生きた人間であるということを、彼は理解していたのだろうか。
「きみ達は、最後の最後で本当の家族となった。お互いを愛せる、家族に」
ほんの数十分だったけれど、あんな事でしか現実に出来なかったけれど、その時確かにきみ達は兄弟だったんだ。
元の平坦な土になった場所をぽんぽんと叩いて、スザクは立ち上がった。ロロの墓を見つめて、ふっと微笑む。
「だから、お礼を言いに来た。ルルーシュを愛した人間として。――彼を愛してくれて、ありがとう。彼を最期まで信じてくれて、ありがとう」
その後スザクは、十字架を作った。ロロの墓と同じ、木で作った質素なものを。
そしてその木に、名を刻む。
Lelouch Lamperouge
「“ルルーシュ・ランペルージ”はきみと在る。ずっと、永遠に」
先程粉を埋めた上に、十字架を掲げて。
誰もいなくなり再び静かになったその場所では、仲良く寄り添う二つの墓標が世界を見つめていた。
Dear Lamperouge.
どうしても作ってあげたかったんです、ルルーシュ・ランペルージの墓。
だって彼も精一杯生きてたんですもの。生を否定されていたとしても、彼は生きていた。だからその証が欲しかった。大切な弟と寄り添って。
で、そのロロについてですが……正直な話、彼があそこまでルルーシュに執着していたのはルルーシュを愛していたからではなくて、自分を愛していたからなんですよね。だから「僕と兄さんだけでいい」と思ってて。
でも彼が騎士団からルルーシュを逃がした時、確かに彼はルルーシュを愛していたと思います。だって直前ルルに「大嫌い」と言われて、ただの自己愛だけだったらルルを見捨てるはずだから。最後、ロロはれっきとしたルルーシュの弟でした。誇っていいよ、ロロ。
だから“ルルーシュ・ランペルージ”と“ロロ・ランペルージ”は寄り添って世界を見守っていて下さい。
2008.10.11