ピピピピピピ…。

無機質な機械音が、部屋全体に響き渡る。

ピピピピピピ…。

もう優に一分は鳴り続けているというのに、それの持ち主は一向に止めようとはしない。

「……んー…」

と、ベットの上につくられた小さな山から、ゆるゆると一本の手が這い出てきた。
その腕はシーツの上を、何かを探すように滑るが目的のものはない。
だが更に前へと腕を伸ばすと、不意に硬い何かに当たった。

バン!!

真上から勢いよくそれをぶっ叩けば、先程からうるさいくらいに響いていた甲高い音がピタリと止む。

目的を終えた腕は、ズルズルと再び小山の中に戻り、無音の世界に包まれた。


そしてそれから30秒後、不意にベットの上の小山が大きく広がり、中から人が現れた。

「…ふあぁぁ」

大口をあけて欠伸をする少年。
フワフワとした栗色の髪は、ただでさえ癖毛だというのに、今は寝癖がついていて、いつも以上にあちらこちらに跳ねている。
欠伸を終えた少年は眠そうに半眼ながらも目を開く。今まで隠されていた翡翠の瞳があらわになった。

「……起きなきゃ」

何度か瞬きした後だるそうにベットから降りると、自室のカーテンを開ける。途端差し込んでくる日光に目を眇めながらも、両開きの窓を開けた。
両腕を横に広げ伸ばしながらゆっくりと深呼吸する。

「あぁ、いい朝」

上を見れば真っ青な空。うん、今日も快晴だな。

そんなことを思いながらしばらく呆けていると、突然目の前の、お隣さんの窓が勢いよく開いた。

バン!と効果音がつきそうなほどの勢いに少年はギョッとしつつ目の前を見る、と。

「え…?痛っ!」

今度は向かいの窓から何かが飛び出してきた。
それはただただ突っ立っていた少年の顔に見事クリーンヒット。
当たった頬をさすりながら、その謎の凶器を拾い上げる。

「な…なにこれって、え?これ…」

ローファー?

そう呟こうとする少年の声を、高い少女の声が遮った。

「スザクーーっ!!」
「………ぇ?」




―――一言で言えば、飛んできた。
そう、飛んできたのだ。向こうの窓から、女の子が……って、ええ!?君…!

「ル、ルルーシュ!? ちょっとま…っ! うわぁ!」

少年――スザクが制止をかけるより早く、すでに窓枠から勢いをつけて飛んでいた少女――ルルーシュは、両手両足を広げ、スザクの部屋に飛び込んできた。
そして、それは当然スザクに被害が被るわけで。

ドタドタン!!

反射的に受け取る体勢をとったスザクは、派手に後ろに転げながらもルルーシュをキャッチすることに成功した。

「いたた…」
「おはよう、スザク!!」

ニッコリと満面の笑みで挨拶をするルルーシュ。

ああ、眩しい。いろんな意味で君が眩しいよ…。

心中呟きながらスザクはため息をついた。

「ねぇ、ルルーシュ」
「スザク、おはよう」
「…おはよう。で、ルルーシュ」
「何だ?」
「どうして窓から現れるの?」

ルルーシュは待ってましたと言わんばかりに得意げに言い放った。

「どうしてって、その方が楽しいだろう」
「………」

スザクはがっくりと肩を落とした。時折、というかいつも、この幼馴染の考えることは全くもってこれっぽっちも分からない。

と、ここで気付いた。
今、見事ルルーシュを受け止めたスザク。
ということは当然自分の上にルルーシュが乗ってるわけで。
顔はお互い目と鼻の先にあるし、体はぴったり密着している。飛んできた拍子に制服のスカートは捲れてるし、当たってる胸は見た目よりも膨らんでて柔らかいし…って。

「わー!わーわー!!」

突然頭を抱え喚きだした眼下の少年の行動に、ルルーシュはビクリと肩を震わせた。

「なっ、何だスザク!?」
「何でもない!何でもないからとりあえず退いて!」

スザクの言葉にやっと今の自分達の状況に気が付いたのだろう。
しばらく目がスザクと自分を往復し、はっとあたふたしだした。

「ご、ごめんスザク。重かったよな」

慌ててスザクから退くルルーシュ。
重いとかが理由じゃないんだけどなー、と思いつつもとりあえず退いてくれたことに安堵して自らも体を起こした。

「それにしてもルルーシュ。迎えにくるならドアから来てよ。本当に心臓に悪い」
「そうか。じゃあまたやらなきゃな」
「……そういえば、今日はやけに早いね。まだ登校までにかなり時間があるけど」

乱れた髪やスカートを直しているルルーシュに問えば、ああ、と返事が返ってきた。

「お前昨日言ってただろう。今日は両親とも仕事で朝早くから出かけるって」
「うん…まぁ」

それとこれとどういう関係が?

疑問が顔に出ていたのだろう。ルルーシュは呆れたようにため息をついた。

「お前のことだ。どうせ朝はミネラルウォーターと果物でいいとか思ってたんだろう」
「う…」

ピッタリ図星。さすがルルーシュ。

「分かったらとっとと顔洗って着替えろ。キッチン借りるぞ」
「え…もしかしてルルーシュ」
「だーかーらー」

まだ分からないのか、とばかりにルルーシュは目を眇めた。

「私が朝食をつくってやると言ってるんだ。分かったらとっとと支度しろ」
「…う、うん! 分かった!!」

目を輝かせ頷くと、バタバタと音を立てて階下へと降りていった。

「全く…朝から騒がしい奴だな」

ルルーシュは微笑みながら呟くと、転がっているローファーと、一緒に飛び込んできた鞄を持ってキッチンへと向かった。

貴女も十分騒がしかったのですが、と突っ込める人間は、残念ながら誰もいなかった。





ルルーシュが、ルルーシュが朝食をつくってくれる。

スザクは水道の蛇口を捻りつつその言葉を反芻した。


ルルーシュ・ランペルージ。お隣りさんで、スザクの幼馴染。そして―――スザクの初恋の人。今も好きな人。つまりは現在進行形。
たぶんあれは一目惚れというやつだと思う。初めて会った時は、ずっとその顔から目が離せなかった。目が合って微笑まれると、火が出るくらい顔が真っ赤になったことを覚えている。
それから一緒に過ごせば過ごすほど、その想いは強くなっていった。

ルルーシュは意外にも世話好きで(本人は無自覚だろうが)、他人が困っているとなんだかんだで手を差し延べてしまう。だから、今回こうやって朝食をつくりにきてくれたのもその性格故なのだ。そう考えると何処か悲しいものがあるが。

だがああやっていきなり窓から突撃してくるなんて技、スザク相手以外には絶対にしないだろう。

「それはそれで…微妙だなぁ…」

それはおそらくスザクに異性としての好意があるからではなくて、ただ単に長年の付き合いから多少遠慮がなくなっただけだ。まあそのポジションにいるのは自分だけだし、それはそれで嬉しいのだけれど。

「…それにしても…」

スザクは自分の掌を見た。

先程触れたルルーシュの体。つい最近まで一緒にくっついたりじゃれついていたように思っていたけれど、考えてみればそれはせいぜい小学生まで。中学、高校と上がるうちにお互いに触れるなんてしなかった。
そして久しぶりに触れた線の細いそれは、確かに女性の体だった。
見慣れていたつもりだったけれど、自分が気付かないところで、確かにルルーシュは女として成長しているのだ。

「…!」

そこまで考えて、脳内で先程の光景がフラッシュバックしたスザクは自分の顔が赤くなるのを感じ、慌てて目の前に流れる水に手を突っ込み、思い切り顔に叩き付けた。



    †  †  †



「あ、来たな、スザク」

自室で制服に着替えリビングに行くと、スザクの母親のエプロンを着たルルーシュが出迎えた。

「何だ、随分遅かったじゃないか」
「え…あ、うん。今日の学校の支度するの忘れてて…」

まさか洗面所で悶々と考え事をしていたとは言えずにそう言えば、相変わらず抜けてるなぁ、という苦笑まじりの声が返ってきた。

「でもちょうど朝食が出来たからいいかな。ほら、食べるぞ」
「…わぁ」

スザクは思わず感嘆の声を上げた。

テーブルにはご飯に味噌汁にのりといった基本的な和食から、やけにこったおかずなど様々だ。

スザクは席につきながらルルーシュに訊いた。

「ねぇルルーシュ。この卵焼き、何が入ってるの?」
「ん?大根の葉だが?」
「大根の葉? 母さん、いつも捨ててるけど」
「まぁそういう家庭もあるがな、葉だからといって馬鹿にしちゃいけない。それにだってたくさんの栄養があるんだから」
「へぇ〜。他のは何ていうの?」
「他のは、左から大根と水菜のサラダ、大根と小松菜のおろしあえ、大根の甘酢炒め、大根とコーンの味噌汁…」
「……やけに大根たくさんだね」
「ああ。それがご丁寧にスザクのお母さん、キッチンのテーブルに置き手紙してったんだ」
「……何て?」
「えっと…」

がさごそ、とポケットからメモ用紙を取り出したルルーシュは、書いてあるままに読んだ。

「『ルルーシュちゃんへ。たぶん、今日スザクの朝食をつくりに来てくれると思います。いつもありがとうね。それでお願いがあるの。つい先日スーパーの安売りで思わず大根を5本も買ってしまって困ってます。だから朝食はなるべく大根を使って下さい。ただでさえ迷惑をかけているのにごめんなさいね。そして、ありがとう。スザクの母より』……だそうだ」
「………」

スザクは頭を抱えたくなった。

というか迷惑かけてると思うならつくればいいものを。もしかして、なるべくルルーシュと二人きりにしてあげようとか変に気を使っているの母さん!

本当は思い切り声に出して叫びたかったが、さすがにそれは憚られた。

一方のルルーシュはうんうんと頷いている。

「すごいな。こんなに息子と食材を心配してるなんて。さすがスザクのお母さんだ」

いや、ちょっと待ってルルーシュさん。何気に僕、大根と同価値にされてる?なんかすっごく悲しいんだけど。泣きたい、結構泣きたい。

実際スザクは涙目になりながらもため息をついた。もうこのことは考えたくない。話を変えよう。

「えっと…、何はともあれすごいねルルーシュ。料理、すっごい上達してる」
「まぁな」

ふふん、と得意げに腰に手を当てるルルーシュを見て、スザクは苦笑した。

「さぁ、とっとと食べるぞ、スザク」
「うん」

ルルーシュもエプロンを取りスザクの向かいに座ると、同時に手を合わせた。

「「いただきます」」



    †  †  †



「スザク、どうだ?お前和食が好きだろう」
「うん。すっごくおいしい」
「そうか、よかった。…ところでお前、今日の数学の宿題やったか?」
「あ、やってない…」
「いいのか? お前、今日二問目当てられるぞ」
「え!? うそぉ!」
「ホント」
「……ルルーシュさぁん」
「そういえばスザク、最近学園の近くに新しい喫茶店が出来たんだ」
「…謹んで奢らせて頂きます、ルルーシュ様」
「うむ、よろしい。じゃあ早く学校に行かなきゃ駄目だな。数学は一限だし。ごちそうさま」
「ルルーシュはやっ!」
「お前が遅い。一々食べる度に手を止めるからだ」
「そ、それは…(まさか君を見ていたなんて言えない)」
「じゃ、行くぞ」
「あ、ちょっと待って!」
「待たない。いってきまーす」
「ルルーシュ〜〜!」

スザクの叫びも何のその。非情にも意気揚々とスザクを置いて外に出ていく。

スザクは急いで残りのご飯をかっこむと、鞄を掴み慌ててルルーシュを追いかけた。

「ルルーシュ! ひどいよ」
「馬鹿。お前に宿題を教える為に早く行くんだから、文句言うな」
「う…」
「ところでお前、財布持ってるか?」
「!!」

スザクは慌てて鞄を探る。ない。
制服のポケットを叩く。ない。

「…忘れた」
「成る程。つまりは帰りに奢れないというわけか。残念だなスザク。大人しく一時間数学の教師に説教されろ」
「薄情だよルルーシュ! 明日にでも奢るから、何とか…」
「駄目。今日じゃなきゃ駄目」
「……取りに行けと」
「ああ。私は普通に歩いてるから。体力馬鹿のお前なら大丈夫だろう」
「………」




その後、静かな住宅街を全力疾走するスザクがいたとかなんとか。





ルルーシュ! 君、絶対楽しんでやってるだろ!

ん?私を誰だと思っているんだ?お前は。





スザクがかわいそうだ(笑)いろんなとこで振り回されまくりですね。でもルルに恋愛感情がないという悲しさ。……がんばれ、青少年!(笑)
ただ窓から飛び込んでくるルルとそれを受け止めるスザクを書きたかっただけ(爆)
窓から飛び込んでくるなんて結構芸当だけど出来てしまうのは、ルルは昔からそれをやっているからです(笑)

実はスザクさん、自分がお弁当を持っていないことをすっかり忘れてます。もう目の前の数学で必死なのです。それで後で困り果てるのです。
まぁ、ルルがそのことを見越してこっそり自分のとスザクのお弁当をつくって持ってるわけなのですが(ルルのお弁当は冷凍食品率0パーセントです)
でもその前にいろいろとスザクをからかうんだろうなぁ(笑)
では、ここまでお読みいただきありがとうございました!