その日は、ひどく澄み渡った空だった。

 頭上を見上げれば、視界いっぱいに広がる青と白。ふわふわとした真っ白な雲は、その日の風の強さを表すかのように速く流れている。

 そんな空を見上げ、ぼうっと突っ立つ少年が一人いた。

 金髪の髪が時折風に煽られて暴れるが、少年は全く意に介しはしない。
 天を仰ぐ彼の澄んだスカイブルーの瞳は、まるで鏡のように空をそのまま映しているのではと思うほど綺麗で、鮮やかだった。

「―――……」

 ふと我に返ったらしい少年は、視線を上から周囲へと戻す。

 咲き誇る花々は皆、華美とはとても言い難い。だが、今まで見てきたどの庭園よりも美しいと、彼は思った。
 彼が見てきた庭園は、例えどんな立派な職人が手入れした華やかな場所でも、それに多くの大人達が称賛の言を紡いだとしても、彼にとっては所詮仮初の美しさ。ただ、そんな風にしか思えなかった。

 それに比べこの庭園は、自然の花が自然のままに、のびのびとその生を送り、自らに誇りを持っているのではないかと錯覚するほど生き生きとしているように見える。花だけではない。草も、木々も、この空間自体が、輝いているようなのだ。

 そんな様子がとても新鮮で。
 だから、ジノ・ヴァインベルグはこの宮――アリエス宮が、一目見て好きになった。





 ジノは一人、離宮内の庭園を散策していた。

 理由は、少し前に遡る。


 此処、アリエス宮では、今日の夜から親しい者達だけを招いた小さなパーティーが開かれる。

 中でもジノの両親は主催者であるマリアンヌ皇妃とは旧知の間柄らしく、特別に日中から招待されていたのだ。

 そして数ある兄弟の中から両親と共に出席することになったのが、四男であるジノ。
 そろそろ社交界について学ばせるべきであろうと判断した両親は、まずほぼ身内だけで行うパーティーで慣れさせよう、と考えたらしかった。

 ジノとしては特に断る理由もなく、寧ろ子供特有の好奇心から快く訪れた。


 しかしジノはまだまだ遊びたがる年頃。

 大人達のティータイムに加わり、大人しく座りながら彼らの話を聞いたところで、とても理解出来るはずもなく。
 しかもテラスからは広大な庭園をいっぱいに見渡せるのだ。そちらに気が散ってしまうのも無理はないだろう。


 遊びたい。駆け回りたい。


 次第にそわそわしだしたジノにいち早く気付いたのは、向かいに座っていたマリアンヌであった。
 ジノと目が合った瞬間、にこりと彼女は微笑む。

『ジノくん、あの庭園が気になる?』
『え、あ、はい』
『そう、じゃあ遊びに行ってもいいのよ』
『いいんですか!?』
『ええ、だって今此処にいても退屈でしょう?』

 驚いた。
 ジノが言ってはいけないと思い決して言おうとしなかった言葉を、目の前の女性はあっさりと口にしたのだから。

 両親が彼女に窘める声がしたが、驚愕と嬉しさで気にならなかった。マリアンヌが両親の声に懲りる様子もなく笑って返していたことも。
 しかしとりあえず遊びにいっていいのだということは一番に理解したジノは、嬉しさに頬を綻ばせながらがたりと勢いよく立ち上がった。

『じゃあ、お言葉に甘えてちょっと行ってきます!』
『はい、どうぞ。……ああ、待って』

 え、と駆け出していたジノは、マリアンヌの制止に慌てて足を止めて彼女を顧みる。
 彼女は微笑みながら、ジノに小さなお願いをした。

『もしかしたら、庭園の何処かに息子がいるかもしれないの』
『息子……さん?』
『ええ、ルルーシュっていうの。あの子はずっと離宮暮らしで、同年代の男の子と遊んだことがないの。だから、』

 もしあの子と会ったら、一緒に遊んでくれないかしら。

 マリアンヌのそのお願いに、もちろんとジノは大きく頷いた。





「――にしても、いないなー、ルルーシュ殿下」

 足を止めたのは先程空を見上げていた時が最後。それからはゆっくりと歩きながら、探し人を求めキョロキョロと辺りを見渡す。もちろん景色を楽しむことも忘れない。
 寧ろ、ルルーシュという少年を探すことがついでで、本来の目的は散策のはずなのだ。それでも彼が一番に少年を探すのは、

(会ってみたい。会って、此処で一緒に遊びたい)

 誰だって一人で遊ぶより二人の方が楽しい、というのがジノの持論だ。
 もし駆け回って遊ぶのが嫌いな人だとしても、そうしたらこの景色を見ながらたくさんたくさん話したかった。


 何故なら、ジノも同年代と遊んだり、話したことがあまりないからだ。


 だから一緒に話して、あわよくば友達になれたらいい。そう思って探しているのに――、

「……いない」

 何処を見回してもいない。
 もしかしたら自室にでもいるのだろうか。いや、それならマリアンヌがあんなお願いをするはずがない。

 なら、と考えたが、少し先に大きな木の存在を認めると、ひとまず思考を放棄した。

(まあいっか。とりあえず休憩)

 木の目の前まで来ると、ジノはその幹に足をかける。
 しばらく手を這わせて足がかけられそうな場所を把握すると、ひょいひょいと身軽な動きで登っていった。
 自分が乗っても折れないだろう枝に腰を下ろし、上を見上げる。

 さわさわと風に遊ばれ葉が揺れる。所々葉と葉の隙間から射す光は、まるで葉自体が輝いているかのような演出を見せていた。

 じっとその様を見ていたジノだが、しばらくすると自分の身体を捻らせ、太い枝に跨がる格好になった。

 自然と背に幹があたる体勢となり、ジノはその幹に寄り掛かる。
 最後に両足を枝に乗せれば、やっと座りやすくなった。

(いつもなら誰かにはしたない、って怒られるけど、今は誰もいないしいいか)

 よし、では早速。

「寝るか」

 言うが早いか、ジノはすっと目を閉じ、器用なことに本当に眠り始めた。





 一体どれくらい眠っていただろう。
 腕時計なんてものは持っていないし、自分の見られる範囲に時計はない。子供故に、太陽の位置で時間を推測するのも無理な話であった。
 しかしそれでも、きっとそんなに時間は経っていないだろうと勝手に判断したジノは、うーん、と身体を伸ばした。

 肩を何度かぐるぐると回し、さてでは戻ろうか、と幹を掴み、視線を下へと移す。と。

(あれ?)

 自分が寝ている間に来たのであろう。自分がいる木がつくる木陰。その下に子供がいた。流石に幹に寄りかかることはせず、その横で腰を下ろしている。
 ジノの丁度真下辺りにいるので、その俯く顔を見ることは出来ない。しかし背筋を真っ直ぐに伸ばした様子に、その子が上流階級の教育を受けているのが分かった。なんとなく、雰囲気で分かるのだ。

 その子供は両足を前に伸ばし、自らの足を机代わりにして本を置いている。

 それを読んでいるのは一目瞭然であるが、ジノの位置からはとてもではないが内容を読むことは出来ない。ただ、その頁にはびっしりと活字があるのは見て取れた。

(だれ、だろ)

 切り揃えられた黒髪。着ている服は白で、上質な代物であろう。
 その服から覗く手は、真っ白な布に負けぬ白さだった。

 少し考えればそれがマリアンヌの言っていた“ルルーシュ”だとすぐに分かるのだが、生憎寝起きのジノはそこまで頭が回っていない。
 もっとよく見たい。そう思ってジノは前屈みになっていた身体を更に前へと傾けた。


 ――ふと、一枚の葉っぱがジノの横を掠める。

 ひらひらと落ちていくそれは、右に左にと揺れながら、ちょこんと少年の読む本の上に乗った。


 下の少年は首を傾げるとその葉をつまみ、どうやらそれを凝視しているらしい。少年の顔は、葉に向けられてそのまま固定されている。

 しかし、ふと葉っぱから視線を外した少年は、その葉が落ちてきた木を首を後ろに反らして見上げた。自然と、葉を持っていない左手は身体を支えるように後ろへと回し、地面につく。

 そして、

「え……?」
「……あ、」

 ざわり、と。
 大きな風が吹き、枝が、葉が大きく揺れる。

 刹那、ばちりとその目があった。

 初めて見たそれはぱっちりとした大きな双眸。瞳は宝石が嵌め込まれたかのようにきらきらと輝く、アメジストを思わせる紫翠。

(――きれい)

 あまりに美妙なその色に、魅了されたジノはぽかんと口を開け彼を見つめる。完全に、見惚れてしまっていた。

 見惚れ、見惚れ、そして、見惚れ過ぎて――、


 ずるっ。


「っおわあぁあ!」
「……な…っ!?」




 ―――木から、落ちた。


















この木って人間も生えるんだっけ?




というわけで、捏造しまくりのお話(笑)
ジノの両親がマリアンヌと旧知云々もあくまで捏造ですので。

このジノは「〜したい」という欲求が強くて、ほぼそれに従って行動しています。
でも、ジノってこんな子なんじゃないかと。
もちろん自分の立場(貴族)をきちんと分かっていて、だからこそ自分が“ジノ”として何か出来る時は、自分の思うがままに、一生懸命に生きる子じゃないか、と勝手に思いながら書いていました。だから木も登っちゃうんですよ←
あと、彼が同年代と接触がないっていうのも、きっと家庭教師雇ってるんだろうなぁとかそんな推測から。

ところで、色んな場所で調べてもジノの年齢が分からない……!(泣)
どこかでルルと同年齢とか見たことがあるのですが、真相はどうなのか……orz