「行くのか?」
「ああ」

 少女の問いかけに、少年は静かに、落ち着いた声で答えた。

 薄暗い室内の光源は窓から注ぐ月光のみ。だが満月のそれは、彼らにとっては十分な程煌々と輝き、辺りを照らしていた。その光にさらされ、少女の滑らかなライトグリーンの髪が美しく光っている。

 ソファーに寝転んでいる少女を一瞥した少年は、用は済んだとばかりに歩き出す。紅の瞳に迷いはない。



 力を得た。

 能力を磨き、軍隊とも呼べる組織を作り上げ、様々な功績を得た。今や、ブリタニア側にとっては、エリア11で最も脅威とされるものへと成長した。

 力を、得たのだ。
 無力だった自分が、誰かを護れる力が。

 だから、

「今行くよ」

 愛おしいお前の元へ。





   †  †  †





 いつも通りの一日だったはずだ。

 いつも通り学園に行き、リヴァルと軽口を叩き、授業で時々居眠りをし、昼休みにこっそり賭けチェスをしてシャーリーに説教され、生徒会でミレイの溜めた書類を必死にこなして、それで、それで……。

 まだやったことはあったが、それでも言えることは、何一つとして特別な事象はなかったということ。

 だから、全く分からなかった。

「…何故、お前が此処にいる」

 黒の騎士団のリーダーであるゼロが、自分の部屋にいる理由が。





「何故? 決まっているだろう?」

 目を眇めゼロをなかば睨んでいるようにも見えるルルーシュに、ゼロは当然のように言った。
 その声は常の時と比べて随分と優しい声音であるが、一度も面識のないルルーシュが気付くはずもない。

「お前を迎えに来たんだ、ルルーシュ」
「な……っ!?」

 ルルーシュは細めていた目を一気に見開いた。
 何故初対面の相手にそんなことを言うのか。そもそも、どうして自分の名を知っている。まさか、過去に奴と面識があるのだろうか。はたまた自分が皇族だと知って―――!?

 回転の速い脳はありとあらゆる可能性を模索するが、どれも決定的なものがない。情報が、足りなすぎる。顔でさえ分からないのだ。

 ゼロは必死に状況を理解しようと頭をフル回転させているルルーシュを見てフ、と笑うと、徐に一歩足を踏み出した。

「!? 来るな!」

 視界の端にその動作を収め、慌ててルルーシュはポケットから護身用の拳銃を取り出す。狙いは真っすぐにゼロの心臓にあわせ、自分を落ち着かせようと深く息を吐いた。

「……お前の目的はなんだ。どうして俺の前に現れた」
「……」

 ゼロは慌てることなく、恐れることなく目の前の少年を見つめる。しかし、ルルーシュからは見えねど、ゼロは仮面の下で眉を顰めた。

 確かにルルーシュに銃を向けられている悲しさもあるけれど、なにより自分への憤りを感じた。
 何故こうも怯えている片割れを、早く助けに来てあげられなかったのかと。

「言っただろう。お前を迎えに来たんだ」
「…っ! それが何故かと訊いているんだ」

 冷静には見えるが内心ルルーシュの中はぐちゃぐちゃに混乱している。どうしても、今や巨大組織となった黒の騎士団の統領が自分の元に来る理由が掴めない。

 ルルーシュの様子からこのままでは一生警戒をとかないだろうと判断したゼロは、ゆっくりと仮面へ手を当てた。

「これで分かる」
「え……?」

 何を、とルルーシュが訊くひまもなく。
 カシャ、とロックを外すと、自らの顔を覆っていた仮面を外し、真っすぐルルーシュを見た。
 仮面の下から現れたその素顔に、ルルーシュは絶句する。

「お…れ……?」

 ゼロはルルーシュと瓜二つの顔だった。違うのは、紅眼と紫眼の瞳のみ。
 言葉も出ないほど硬直するルルーシュに、ゼロは優しく微笑んだ。

「こんにちは、ルルーシュ。私の、唯一の片割れ」
「か…たわれ…?」

 そうさ、とゼロは頷いた。

「私はお前。お前は私。私達は、元は一つになるはずだった、双子の兄弟なんだよ。我が弟よ」

 頭を鈍器で殴られたような感覚がルルーシュを支配した。


 嘘だ、嘘だ、嘘だ。


 意味もない単語が幾度も頭を駆け巡る。どうしても、信じたくなかった。

 だって、ゼロは黒の騎士団。スザクが否定した人。スザクが忌み嫌う相手。スザクの……敵。
 そんな人が、自分の片割れだったなんて…!


 しかし、心の何処かでそれを素直に納得している自分もいた。

 だって、ゼロとルルーシュは類似点が多すぎた。思想、戦略、願望。なにもかも。


 いつしか、スザクを応援しながら、ゼロにも生きて活動を続けて欲しいと願っている自分に気付いた。気付いていた。

 ただ、認めたくなかっただけ。

「さぁ」

 ゼロが腕を伸ばした。

「おいで、ルルーシュ。私は、力を手に入れた。ブリタニアに復讐する力を。そして、お前を護る力を。もう、お前に辛い思いはさせない。そんなものを、持たせることはない」

 だから、この手を取れ。
 お前はそんなことをする人間じゃない。銃なんてもの、優しいお前には似合わない。だから、おいで。

「……」

 ルルーシュは視線を幾度かゼロの顔と伸ばされた手の間を往復する。しばらくして、ゆっくりと構えていた銃を下げた。

 来るか、と確信しかけたゼロの耳に届いたのは、想像もしなかった言葉。

「……ごめん、ゼロ。俺、お前とは行けない」
「…!? ……何故だ。ブリタニアが、憎くないのか?」

 心底分からないという表情でゼロはルルーシュを見遣った。いや、実際意味が分からない。

 自分の言葉はルルーシュにとって甘美なものなはずだ。それを断る理由は―――。

「……スザクを、」

 ぴくりと、ゼロの伸ばしたままの腕が動いた。

「スザクを、失いたくない。裏切りたくないんだ。…大切な、親友を。それに俺は、今のままで十分なんだ。この生活で、満足してるんだ。幸せなんだよ。これ以上何も望まない。確かに、ブリタニアは憎いけど、それでも……!」
「……そうか」

 大切、なのか。
 片割れである自分よりも、親友であるあいつの方が大切なのか。それならば、自分と敵対してもいいというわけか。
 自分と二人、共に生き安全を得るよりも、常にブリタニアからの追っ手に怯えながらこの箱庭で生きることを望むのか。この偽りの世界で、お前はいいのか。

 そう問えば、ルルーシュは苦しそうに顔を歪め、それでもはっきりと返した。

「…ごめん」
「……そうか」

 ゼロは腕を降ろした。それほど動揺はしない。可能性として考えなかったわけではないのだから。

 そう、記憶にない自分の分身よりも、唯一の大切な幼馴染を、ずっと支えてもらった友人をとるであろうことは、考えていた。

 ―――だから、その場合、自分がどういう行動をとるかも、考えていたんだ。

「なら、最後の手段だ」

 これはあまり使いたくなかったんだが、とゼロは右手を左目に当てながら呟く。

 本当に、使いたくなかった。
 でも、お前が私の手を拒むというのなら。

「ルルーシュ」

 ゼロの左目に鳥が宿る。
 だがそれまで俯いていたルルーシュはそれに気付かず、名を呼ばれゼロをひたりと見据えた。


 抗う時間は与えない。


『私のものとなれ、ルルーシュ』


 刹那、ルルーシュの瞳を一羽の鳥が射貫いた。
 瞳の縁が朱く染まる。

「―――……」

 僅かに口を開いたルルーシュは、だがなにも言うことなく口を閉じ、覚束ない足どりで一歩踏み出した。彼の瞳に、意思はない。

 そのままゆっくりとゼロの目の前まで来ると、糸が切れた人形のようにかくりと崩れ落ちる。
 だがその身体が床へ激突する前に、ゼロはルルーシュを抱き留めた。壊れ物を扱うように優しく、しかし強く、決して放さぬようにと。

「ルルーシュ」

 ゼロはルルーシュを力強く抱きしめた。触れた所々から感じるのは、温かい体温。恋い焦がれた、絶対の温もり。


 ルルーシュは、確かに此処にいる。


 夢でしかなかった現実を手に入れ、ゼロはほくそ笑んだ。





手に入れる。例え、どんな手段であろうとも。




たまにはこんなお話もいいかなと書いてみました。ゼロルルの暗い話は書いていて楽しいです(爆)。
どうでもいいかもしれませんが、とりあえずあともう2、3話続く予定です。……でもあくまで予定ですがι実行しない可能性大大(笑)