黒の騎士団アジト内を意気揚々と歩く女がいた。
 琥珀色の瞳に艶やかな色彩を放つライトグリーンの長髪。騎士団の団員達が黒を主体とした服を着ているにも関わらず唯一白の、それもブリタニアの捕虜服を身に纏う彼女は、その整った容貌や破滅的な性格も相俟って、黒の騎士団内では非常に目を引く存在であった。無論本人はそんなことがあろうが知ったことないのだが。

 普段なら無表情ともいってよい容貌の彼女は、だが今は機嫌が良いらしく頬を僅かばかり緩ませながら歩いていた。その根源たるものが彼女の持つ数枚のピザの箱であるということは、このアジトにいる幹部達ならすぐ分かるだろう。彼女のこんな様子は一度や二度ではない。
 しかしその幹部達も今はいない。おそらく一室でゼロと作戦会議でもしているのだろう。カレン辺りがいたら小言を二三言われたりと五月蝿いので、彼女にとっては都合がいいことこの上ない。

 勝手知ったるといった体で通路を突き進み、黒の騎士団首領――ゼロの指令室のドアの前まで来ると、ピザの箱を片手にコンソールへピピとパスワードを叩く。
 間もなく開いたドアから一歩中へと踏み込むと同時に彼女――C.C.は目をぱちくりとさせた。

「ん? ルルーシュ……一人か?」

 問い掛けるように、だが実際は自分自身に確かめるように口を開く。何故ならこの少年に訊いた所で、答えが返ってこないことなど目に見えているからだ。
 そしてその予想通り、彼が声を発することはない。

「………」

 ルルーシュはソファに座っていた。
 C.C.はルルーシュの前にあるガラステーブルに一先ず箱を置くと、無遠慮にその顔を覗き込む。

「珍しいな。ゼロがこの子を一人にするとは」

 だが、とC.C.は考えを改めた。
 いくらルルーシュが大事でずっと傍らにいたいと思っても、奴は組織の首領という立場でもある。考えてみれば先程作戦会議中だと思い出したばかりではないか。リーダーであるゼロが出席しないはずはないし、“こんな状態”のルルーシュを連れていくはずもない。

「可哀相な子供だ。それとも、この方がこの子供には幸せだったのか……」

 C.C.はルルーシュの眼前に膝をつくと、そっと頬に触れた。
 きめ細やかで真っ白な柔肌は滑らかで気持ち良く、そのまま横に手をずらすとさらさらとした手触りのいい黒髪に触れた。
 そのまま濡れ羽色の髪に指を絡め弄ぶが、依然として彼に変化はない。
 アメジストの瞳は光を差さず濁っており、その眼は未だ朱く縁取られていた。

「“私のものとなれ”、か……」

 なんと残酷な命令か、とC.C.は息を吐く。

 ルルーシュに意識はない。否、彼は目に見えるものを見ているし、耳に聞こえるものも聞いている。感じるべき感覚もある。だが、それについて思考することを放棄しているのだ。

 それが、ゼロがかけたギアス。絶対なる、ゼロの命令。

 誰かのものとなるとはつまり、その人間の思うままになるということだ。そこに思考も言動も必要なく、寧ろ盾突く恐れのあるそれらは不要なだけだ。

 つまりルルーシュは今、心のない抜け殻というわけだ。

 そんなルルーシュが唯一自ら行動するのは、ゼロへの対応のみ。
 ゼロが現れればそれはそれは嬉しそうな顔をするし、ゼロの言うことはなんでも聞く。それらの行動はまるで小さな子供が無邪気に母親に懐くようなものだった。

 まさにゼロの為だけに生きるルルーシュ。

「……最愛をそんなにまでして欲しかったのか」

 そんな、操り人形にしてまで。偽りの笑顔しか向けられなくとも、お前は傍にいてほしかったのか。
 げに人の愛とは恐ろしいものだ。
 だが、ゼロの行動によってルルーシュは何時自分の身分が本国にばれるかと怯えながら暮らすことはなくなった。これは、果たして幸せなことなのだろうか。

「ルルーシュ」

 C.C.は愛しげにその名を呼んだ。
 ぴくりと肩を震わせたルルーシュは、意志のない瞳をゆっくりとC.C.に合わせる。

 此処に連れて来てからゼロとC.C.しかルルーシュに接していないので詳しいことはよく分からないが、少なくともルルーシュは二人の呼びかけには必ず応じていた。ゼロの命令はあまりにも曖昧だったから、完全な人形とはなっていないのかもしれない。
 C.C.はその事実にそっと安堵した――C.C.本人に自覚はないのだが。
 だらんと投げ出されていたルルーシュの手をとり、にこりと微笑む。

「さぁおいで、ルルーシュ。面白い遊びをしよう」
「――…?」
「ゼロもきっと喜ぶぞ」

 C.C.の言葉にルルーシュは無表情のまま首を傾げたが、次の一言でほんの僅かに目を見開き、本当に?と訊くように繋ぐ手にぎゅっと力を込めた。

「あぁ、本当だ」

 そう言いながら立ち上がり手を引くと、ルルーシュは抵抗することなく従った。

 ――どうせ何を思ったって現状は変わらない。ならばいっそ楽しもうではないか。私も……願わくばゼロも、ルルーシュも。

 これからの事を想像し、C.C.はふっとほくそ笑んだ。





一旦切ります。本当は次と合わせて一つのお話だったのですが。
あと、ルルーシュの状態……分かりますでしょうか?
つまり外界からの呼びかけには反応しますが自分からはゼロが関わらないかぎり動かないということです。あらら此処までシリアスになるつもりはなかったのに……。すっかりC.C.がいい人になりました^ ^;
次はシリアスではなくどちらかといえばギャグになります^ ^